第一次世界大戦が世界経済に与えた影響の
おおまかな外観の把握…。
世界恐慌についての研究者、侘美光彦氏の著作、「世界大恐慌―1929 年恐慌の過程と原因― 御茶の水書房 1994, 」における、第4章 第一次世界大戦の経済的諸結果, の冒頭に、この記事で引用したい記述が、述べられています。そもそも、第一次大戦によって、世界経済はどのような状況になったのかについて、侘美氏は、ここで、研究の焦点を絞っておられます…。第一次大戦の結果が世界経済に与えた影響の諸要因を、4つの項目に代表させておられます…。
主要国の戦時経済とその世界的関連(1914 ~ 18 年)について、最初に、第一次大戦中に生じ、1920 年代の世界経済を規定するにいたった経済的諸変化を確認してみましょう。
第1は、戦争勃発と同時に引き起こされた各国における金本位制の突然の停止、すなわち国際金本位体制の事実上の崩壊現象です。このときの金本位制の停止の仕方およびその具体的内容は、各国ごとにきわめて多様でしたが、しかし、金本位制そのものの本質からして、その停止にははっきりとした国際的関連が存在した、とのこと。しかも、この急停止は、その後の各国戦時経済を内外両面から決定的に規定する前提条件となった、ということ…。
第2は、主要国の戦時経済がこのような金本位制停止を基礎に展開されたことから生じる、経済上の重大な諸変化とのこと。すなわち、各国の戦時経済は多かれ少なかれ膨大な赤字財政に依存しつつ進められたが、その赤字財政は、国内金準備の規制から解放された信用の急膨張によってのみ、つまり、市場経済固有の自律調整的な信用機構にたいして国家が積極的に干渉することによってのみ、可能であったとのこと。このため、戦時経済はどの国においても、激しいインフレーション、しかし、国家による一種の管理されたインフレーションの形をとって進行したとのこと。したがって、これらの要因がもたらす経済上の変化は、資本主義経済にとってきわめて重大であったばかりでなく、きわめて多面的かつ急激な変化となって現れたとのこと…。
第3は、このような各国の戦時経済が引き起こした、国際経済的連関における変化要因であるという記述。より具体的に言えば、各国、とりわけ連合側諸国は軍需品・原料等の戦争物資を継続的に輸入する必要がありましたが、その需要はアメリカおよび少数の中立国に集中して喚起されたとのこと。このため、これらの国の輸出が急激に増大し、世界の貿易構造が急変したとのこと。そればかりでなく、連合側諸国の輸入資金源はほとんどもっぱらイギリスとアメリカによって支えられる以外になかったので、国際的資本輸出の構造すなわち世界の債権債務関係も急激に変化し、このことが戦後の世界経済に重大な遺産となって残されたとのこと…。
第4は、ひとたび崩壊した国際金本位制に代わって、戦中の国際経済関係を支える特殊な国際通貨制度が展開されたこと。すなわち戦時中は、上のようなきわめて一方的な商品および資本の移動関係をできる限り円滑に調整することを目的として、中軸3国(アメリカ・イギリス・フランス)を核とする、意図的に管理された固定為替相場制が採用され、それがほぼ終戦時まで維持されたということ。この制度は戦後急速に解体され、制度そのものは決して戦争の遺産とはならなかったのであるけれども、しかし、その国際通貨制度は、戦時下における主要国の経済とその国際的関係の変化、すなわち、上の第2、第3の要因に伴う変化を、背後にあって支える外枠ないし補強要因として機能し続けたとのこと。いわば、それは、大戦に伴う経済的変化を劇的に拡大する促進要因として働いたことに注意しなければならないとのこと。
つまり、侘美氏が研究の冒頭にまとめられた、以上4つの事項は、第一次大戦後の世界経済の動向を直接原因づける事項として考えてよいとされています。
侘美氏の経済史的な考察の中には、スペイン風邪の影響についての考慮は存しません。純粋に経済局面から見た第一次大戦によるその後の戦後経済への影響をまとめられています…。
金本位制の崩壊と、固定為替相場の導入は、戦時で緊急体制の必要となった国際経済の状況を踏まえて考えられる事項です。極度の財政赤字とインフレーション、並びに世界の債権債務関係の劇的変化も、のちのちまで後を引くテーマといえるでしょう…。重要なのは、侘美氏がその研究の冒頭でまとめられたこれらの事項が、かたちを変え、あるいは場面を変えながら、1929 年から始まる世界恐慌の主要な要因を、この第一次大戦終戦時の時点で形作っていることです。
侘美氏の第一次大戦後の戦後経済の分析は、このような要因の把握から出発しています。
世界恐慌の要因を、その 10 年ほど前に収束した第一次大戦による世界経済システムの変化から捉えるのであれば、非常に有効な捉え方だと言えます。このような状況から、戦後のアメリカの好況が始まったとかんがえられるからです…。別の記事で、アメリカの 1920 年代好況は、世界的に孤立したような状況ですすんだと書きましたが、それは、このような問題把握からです…。簡素にいえば、第一次大戦の傷跡は、アメリカ以外のほとんどの世界経済に深いダメージを与え、結果、戦後のアメリカの好況が独り歩きしだしたというような、侘美氏の記述の要所を抑えるのに最適な問題把握だと言えます。
侘美氏の研究は大書ですが、このようなところにも、氏独特の、はっきりした問題把握があるのは興味深いです。世界恐慌にいたる世界経済の体制は、第一次大戦が初因だと決定づけてよさそうな内容が、氏の問題把握にはあると感じられました…。
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