ルネサンスにとどまらない、新しい近世欧州の誕生
社会の構造分析として、中世末期の危機が終わり、ルネサンスと宗教革命の時代へと移行する中で、欧州社会構造は、第一次産業を基盤とした通商ネットワークと、活版製版誕生などの技術革命のもと、ゆっくりとシステムサイクル的な社会動向を見せ始めます。
技術革命は、活版技術の開発による文化技術拡散と、ルネサンス美術表現に観られる高度な美術技巧とに、その象徴的な姿をあらわしていると、考えられます。
じつは、14 世紀の危機という、一連の大きな欧州の危機をテーマとした研究は、既存の膨大な蓄積があり、大飢饉、百年戦争ならびにペストという3つの出来事が、ヨーロッパ中世後期を特色づけています。ことにペストに関しては、英語圏の膨大な既存の研究もあり、もはや研究され尽くしていると言っても過言ではありません。文学でいえば、ボッカチオなどの著作で、当時の惨状が記されています。ハーバー・マクニールやジョン・ケリーのような歴史家は、ペストはおそらく中国でも猛威を振るったと述べており、英語圏の研究の多くが、ペストのグローバルな恐ろしさを説いています。ですが、それは果して人類史上最大の惨禍だったのでしょうか。20 世紀初頭のスペイン風邪でも、ペストと同じくらいの犠牲者が出ています。スペイン風邪の場合は、写真資料などが大量に残っており、その犠牲者の多さと相まって、ペストと相対する大きな惨禍だったとされています。
しかし、歴史の中でこの二つの突出した犠牲だけを強調するわけにはいきません。実際ペストの中でも、イタリアの郵便網などは業務を行っていました。わたくしがペスト研究にあまり好奇心がわかないせいもあってか、14 世紀の危機が終わった後の、欧州の復興に非常に興味を惹かれます。
小氷期という一つの気候変動の枠組みでとらえるのであれば、14 世紀の危機の後も、気候は寒冷だったと言っていいでしょう。ただ、農業にせよ、商工業にせよ、15 世紀に入ると、欧州では様々な社会復興が行なわれます。ペストから立ち直った欧州は、あたらしいヨーロッパ社会の形成へと歩みを進めるのです…。
ルネサンスとおなじような復興が、科学全体で起こり、
欧州は新しい世界として生まれ変わり始めたという説
バターフィールドの著作科学革命に眼を通すまでもなく、羅針盤、火薬、活版印刷という3大発明がおおやけに浸透し始めたヨーロッパでは、あたらしいヒトとモノのネットワークが、中世後期の危機とは真逆したような発展を見せ始めたと思われます。ヨーロッパはイタリア戦争のあたりから回復局面を迎え、人々はあたらしい商業的な富の甘受を受けることとなります。教会権力に大きく限られてきた一般情報知識が、活版印刷の誕生で大きく社会全体に広がり、中世より更に成長した都市ギルドは、より多種多様な手工業製品を取り扱うようになり、第一次産業から生まれる都市の富も、徐々に拡大していきました。
17 世紀の危機と呼ばれる、寒冷で犠牲者の多い時期もあったものの、歴史家は、この近世初期~中期にかけて、人口は復活傾向にあったと説明しています。フランスだけをとってみても、人口はルネサンスの時期には中世後期を随分と上回り、多少のもたつきがありながらも徐々に増え始めます…。つまり、小氷期の中でも、人口は少しずつ増えて行ったと考えるのが、妥当なようです…。世界システム論というのは、フェルナン・ブローデルのような歴史家も参考に挙げていますが、たいていの場合、人口は微弱ながらも増えてゆくと、説明しています。14 世紀の危機以降、少なくともヨーロッパでは、人間社会は復興したと考えてよいかと思われます。その中に、絵画建築術の革新があり、硬貨・商業革命があり、その結果、より強大な王権神授説を伴う王朝の出現があったと考えられるのです…。
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